いやいや自己犠牲している

いやいや自己犠牲している

いやいや自己犠牲している

 

「自分のことだけでも大変なのに、他人のためにも一生懸命でエライねえ」

 

日本ではこのような犠牲的精神が高く評価されることがまだ多いようです。

 

もちろん、他人のために何かをしてあげることは尊いことです。

 

社会に必要とされる仕事を一生懸命やったり、ボランティア活動に関わったり。

 

あるいは、そんな大きなことでなくても、身近な人が笑顔になれるような、ちょっとした言葉がけなども尊い行為です。

 

ところが、このタイプの人は、同じように「与える」行為をしていても、相手を幸せにするどころか苦しめてしまうことがあります。

 

自己犠牲する心の裏とは?

 

感謝の気持ちを持って「幸せのおすそわけ」をすると、相手は素直に喜んで受け取ることができます。

 

おすそわけですから、あげても惜しくないし、あげたら忘れてしまうような感覚です。

 

一方、いやいや自己犠牲して「親切の押し売り」をすると、相手は罪悪感を感じて素直に受け取れません。

 

この場合は、相手を苦しめてしまうこともあります。

 

たとえば、母親が娘に対して「この子がいるから私は離婚できない」と言いながら、すでに破綻している夫婦関係を続け、一方で娘の世話を一生懸命焼いているようなケースです。

 

娘の立場からすれば、世話をしてもらえばもらうほど、罪悪感が積み重なってつらくなってしまいます。

 

このタイプの人は、もちろん後者です。

 

そして、「親切の押し売り」をしながら、「自分は正しい行動をしているし、相手にメリットを与えている」と考えています。

 

しかし、心の裹では、自分が幸せではないので「この人だけ幸せにしてなるものか」と感じているのです。

 

これは、愛ではなく、むしろ「攻撃」だということに気づく必要があります。

 

たとえていえば、ケチな自分は嫌だけれど、心の底では相手を喜ばせたくもないので、贈り物をトゲトゲの包装紙で包んで渡すようなものです。

 

カップル間で頻発する「不幸競争」

 

カップルの間では、自分が相手より大変だ、相手のためにこんなに自分を犠牲にしている、とアピールすることで、相手の譲歩や同情を引き出そうとする試みが頻繁に行われます。

 

たとえばデートで会ったときに、こんなやりとりをしたとします。

 

「昨日仕事ですごく遅くなってさあ。今日は朝起きるのが大変だったよ」

 

「そうね。ありがとう。……でも、私だってあなたの仕事の都合にいつも合わせてるのよ」

 

こうしてお互いに自分の不幸をアピールし出すと、不毛な足の引っ張り合いが始まります。

 

私はこれを「不幸戦争」と呼んでいます。

 

昨日仕事で帰りが遅かったのに、彼女に会いたいから一生懸命朝起きてデートに間に合わせた。

 

彼女は忙しい彼の予定にいつも合わせてあげている。

 

どちらも素敵な行動ですね。

 

では、何がいけないのでしょうか?

 

それは、その行動を行うときの「心構え」です。

 

相手の幸せを願う気持ちからスケジュールを調整したのなら、それはあなたの喜びになっているはずです。

 

つまり、「やりたくてやった」ということですね。

 

こういった自発的な行動であれば、犠牲とはいいません。

 

後述するワークを実践し、心が成長してくると、相手の幸せを喜べるようになります。

 

すると、同じ行動を「自己犠牲」ではなく「愛」に基づいてできるようになります。

 

ぜひそれを目指してくださいね。

 

ポイント

 

  • 「相手の幸せも私の喜び」。そう心から思えるようになったとき、あなたは「自己犠牲」から抜け出せます。「愛」に基づいて行動できるよう、自分を成長させましょう。